摂食障害や依存症は、やっぱり安全でなかった環境の中で必死に生き延びようと、これだけはってコントロールできるものをコントロールすることで、自分の正気を保とうとする体の働きだから。怠けでも責めるものでもないのよね。
その自分自身の体が、自分の正気をそこまでして守ろうとしてくれてるのは、それだけ辛い経験と痛みがあったからなのよ。この痛みを感じてしまっては自分は死んでしまうって感情的な結論を、体は私たちが冷静に物事考えられる前の時期にしてくれた。
1. 体は、あなたを死なせないために「麻痺」を選んだ
精神的に参ってる人は、なんで普通のことができないんだって自分を責めてしまう傾向にあるけど、体の防衛反応だから、本人が「えい!こんなの耐えられないから麻痺させて!」って選んだわけじゃない。そもそも多くの場合は、こんな言葉も意識も知らない赤ちゃんの時に経験した痛みなのよ。
生後1年間はとにかく生存の安全は親に150%依存する時期で、論理的に考える脳みその働きもまだ育ってないから、この時期に辛いことや怖いことを経験したり、ニーズが与えられないと感情的に現実とは違う結論を抱いてしまう。これがいわゆるトラウマだったり、皆が抱える核心的な傷になるの。
傷を受けてしまった以上、体はとにかく正気を保って生存を最優先するから、そのために自己防衛的な行動がすべてに優先されるようになるのよ。
2. 「痛み」を閉ざすと、「愛」も閉ざされる
体は、あの時の辛い経験から自分を全力で守ろうとしてくれてる。 でも私たちの頭は過去も今も未来も区別ができず、ただ「何かが起きた→痛い→回避→安全」っていうテンプレートを繰り返し続ける。
けれど、この心を閉ざす防衛反応は、良い感情との繋がりをも閉ざしてしまう。 この閉ざされた心の中に愛だったり幸せな感情も眠ってるから、良い感情との繋がりを取り戻すには、辛い感情も感じれるようにならなきゃいけない。良い感情だけ選んで他は閉ざすっていうのは不可能なのよ。
ということは、私たちが必死に避け続けようとしている痛みを感じることでしか解放できないってことなのよね。辛いけどね。
精神が参ってると本当に1日1日生き延びるので精一杯で、長期の幸せなんか考える余裕も無いから難しいけど、誰も簡単に楽して治せるって思い違いが余計に困難を生むと思うのよ。
3. 外側への執着という「目隠し」
体は私たちがこの痛みを対処できないと信じ込んでいるから、何がなんでも意識を遠ざけようとする。その結果として現れるのが、外側への執着。
- 食べ物をコントロールする
- 体重に執着する
- お酒や依存症に走る
- 恋愛にのめり込む
これらはすべて、内側のエラーから意識を背けさせるための、体による必死の工作。長い目で達成する遅延報酬とかグレーな考え方よりも、白黒はっきりなるべく短い時間で解決しようとするの。
その上、多くの場合、この外側の問題には外側に解決策があるとまたさらに外側に目を行かせる。
過食症なら食べないとか、拒食症なら体重を戻せばいい、とか。これだと余計にコントロールに拍車がかかる上に、「自分は壊れていて正常じゃない」って思い込みも強まって、そしたらもっとコントロールしなきゃってスパイラル。もっと自分の心から遠ざかってしまうのよね。
この自己防衛が働いてる(内側から目を逸らすパターン)限り、何をしてもやっぱり極度な考え方だったり、コントロールしようとしてしまって、根本的な問題に取り組むのが難しい。
4. 壁の向こう側に眠るもの
お酒を飲んだ帰り道にふっと感じる寂しさ、空虚感。 友達と別れた後に感じる不安、恐怖。
この外側への意識の向こう側にあるものは、漠然とした「麻痺」。 これに気付けるといい。
お薬飲んでずっと痛み止めを続ける選択肢もあるよ。お酒も、中毒もそう。 でも、その分厚い壁の向こう側には、私たちが守り続けてきた痛みと一緒に、豊かな「愛」も眠っている。
辛いけれど、少しずつその痛みを感じる準備を整えていくこと。 それが、自分自身との繋がりを取り戻す、唯一の道なのだと私は考えています。


